toarudaigakuseizakkiの日記

自分の文章をネットの海に残すことを目的にしています。

『あの景色』(創作小説)

真実の愛ですか?そんなもの私にはわかりませんよ。こんな冴えない男にそんな難しい質問の答えはわかりません。あなたの方がきっとお詳しいと思いますよ。あーでも、真実の愛と言えば一つだけ忘れられない思い出が私にもありますねえ。大した思い出じゃないんですがね、まあ聞いてくださいよ。ひょっとしたら、何かヒントになるかもしれません。

 

私が高校三年生の時の秋ごろだったかな。クラスで席替えがあって、クラスの一番右側で一番廊下に近い列の後ろから二番目になったんですよ。当時受験勉強をしていた私は授業中に内職ができることを喜んだもんです。自分の前の席には器械体操か何かの部活動をやってて、線が細くてポニーテールが良く似合う女の子が座りました。席替えをして間もない頃、授業中に内職をして、たまに黒板を見ようとすると前の席に座っているその子も目に入って、その子はよく左の窓の方を向いていて、景色を見ている様子だったんで、窓の景色を見るのが好きなのかなと思ってたりました。

 

そんで、休み時間に英単語の勉強をしていたら前から視線を感じたんです。顔を上げると、前の席の女の子がこちらをじっと見ているわけです。その子とは全然話したことも無かったし、自分に自信が無かった私はその子がガリ勉の自分を馬鹿にしてるんじゃないかと思って、追い払ってやったんです。

 

確かその年の十月か十一月にKingGnuとかいうバンドのライブがありまして、あー今はもう解散しちゃったんでしたっけ、まあ当時の私は受験勉強なんかほっぽり出してそのライブに行くほどのファンで、そのライブに行ってきたんですよ。そこで出会った社会人の女性にお寿司奢ってもらっちゃったりして、楽しい一日でした。まあそれはさておき、その翌日、教室に入ると、前の席の女の子が私に「KingGnuのライブ楽しかった?」と聞いてきたんです。そういえば、ライブに行く話をしたっけなあなんて思いながら、その子にライブについて熱く語ったんです。

 

ライブの話をしたその日から、前の席の女の子は私によく話しかけてくるようになって、一日に十回はこちらを向いて話しかけてくるようになりました。唐突にグルっと振り返って話しかけてくるもんですから、最初は話しかけてくるたびに少し驚きました。んで、何の話だったかはよく覚えてないんですけど、確か数学の問題を教えてた時かな、その子が満面の笑みでこちらをじっと見つめてくるわけです。その顔を見て、恥ずかしながら、その時、私は初めて理解しました。ああ、女の子は本当に好きな人にはこんな顔をするんだなと。まあ見当違いだったら恥ずかしいことこの上ないんですがね、よくあったじゃないですか、脈ありサインだの脈なしサインだの。今の若い子はもう違う言い方をするみたいですが、まあ本質は変わりません。そんなちんけなサインなんか吹き飛ばすような全力の好意を私はその子に向けられたんです。友達に冷やかされるくらいでしたから、その子が私を好きなことはみんなにバレバレだったようです。

 

でも、私はそれを素直に受け取れなかったんですね。その子に全力の好意を向けられるたびに、輝かしい光を感じつつ、それに押し潰されるようなそんな恐怖を感じました。こんな情けない自分はそんな素晴らしい愛を受け取るには値しないって考えちゃって。如何せん、自分に自信のない思春期の男子ですから、傷つくことが怖かったんです。ええ、今思えば私もその子も不器用だったんですね。

 

結局、私は怖くなって逃げました。その子に話しかけられても冷たくあしらったり、時にはひどい言葉を投げかけてしまったり、隣の席の女の子にわざと話しかけて嫉妬させたり、本当に酷なことをしたなと思います。そんなことをしている内に、その子が窓の景色を見るふりをしながら私の様子を伺っていることに気が付きました。きっとどうすればいいのかわからなかったのだと思います。その時私は理解しました。ええ、私は最初はその子が窓の景色を見るのが好きな子だと思っていましたが、本当はただ、気が付かれないように私の事を見ていただけだったんですね。

 

あれからだいぶ時が経った今でもふとあの子の顔を思い出すんですよ。あの子の満面の笑みが忘れられなくて。情けない話でしょう?あれ以来、いろんな恋愛のようなものをしてきましたが、あの高校生の時のような純な感情は二度と味わえませんでした。まあただ逃がした魚は大きいと言えばそうなのかも知れませんが、真実の愛って見当たらないようで実はもう知っているのかも知れないとも考えるんです。

 

はは、辛気臭い感じになっちゃってすみません。では、妻と子供たちが待っているのでそろそろ失礼します。ええ、本当にみんないい子で、私は幸せなんですよ。本当に、もったいないくらいで。