toarudaigakuseizakkiの日記

自分の文章をネットの海に残すことを目的にしています。

『風花雪月』(創作小説)

ある朝、津布良風花(つふら ふうか)は奇妙な顔の痛みにより夢から目覚めた。彼女が急いで鏡を覗き込むと、自分の顔がまるで毒虫に刺されたように赤く醜く腫れあがっているのに気づいた。彼女の自慢の美肌はミミズ腫れに覆われ、瞼も満足に開かなくなっていた。
「これは一体どうしたのだろう?」と彼女は思った。
グレゴールという化粧品店で働く美容部員である彼女は美と健康には人一倍気を使っていた。スキンケアだってもちろん欠かしたことはない。加えて、彼女はインフルエンサーでもあった。店の売り上げの多くに彼女の影響力が貢献していた。彼女はその持ち前の美しさと影響力により店の中では女王として君臨していた。その傲慢さは他の美容部員達には疎まれていたが、彼女は嫉妬と割り切っていた。
しかし、こうなってくると話は変わる。彼女は自分の顔の腫れのことは隠し、体調不良により休むと職場に伝えると急いで病院へ向かった。

病院で下された診断は「ストレスが原因だと考えられるが、詳しい原因はわからない」という煮え切らないものであった。彼女はひどく混乱し、憔悴した。このままでは働くことができない。また、インフルエンサーとしての立場も危ういだろう。
「店はどうなる?私の立場はどうなる?」
病院から家への帰路で、彼女はひたすらに不安を抱え、考え込んだ。

家に到着し彼女がベッドに倒れこむと、彼女の頭の中は今の生活への不満で一杯になった。理不尽な客への対応やインフルエンサーとしてのプレッシャー、アンチに対するストレス、女社会での陰口や嫉妬。
「こう考えてみると確かにストレスを抱えすぎてたかもな、私。」と彼女は思った。

いつのまにか時計は13時を回っていた。彼女は自分が空腹を覚えることに安心し、いつも通りの美と健康のために野菜と鶏肉をふんだんに使った料理を食べようとした。低脂質高たんぱくが彼女の食事のモットーである。しかし、なぜか彼女の喉はその食事を受け付けなかった。その代わり彼女の体が欲したのはふとテレビに映った家系ラーメンであった。普段はラーメンなど断じて食べない彼女であるが、欲望に抗えず、かといって家から出るわけにもいかないので、ウーバーイーツで家系ラーメンを注文した。
ラーメンが到着すると彼女は飛びつくようにしてラーメンを食べた。信じられないほどの快感が彼女の脳を走り抜けた。低脂質高たんぱくの健康的な食事が好きだった彼女の味覚はいつの間にかラーメンのようなジャンキーな食べ物を好むようになっていた。

彼女の顔が醜く腫れあがってから三週間が経った。この三週間、彼女はほとんど毎食ラーメンかハンバーガーとポテトを食べていた。そのため彼女の体は脂肪を蓄え、皮膚は脂を滲ませ、ニキビを作るようになっていた。あの頃の彼女の面影はもはや消えかけていた。しかし、彼女の有給休暇はもう底を尽きそうになっていた。また、インフルエンサーとしての仕事も停滞し、しびれをきらした関係者からの連絡も鳴り止まなくなっていた。どうすることもできなくなった彼女はしぶしぶ職場へ出ることにした。

三週間ぶりに職場へ出勤した彼女を同僚がどのような感情を持って迎えたかは想像に難くない。女王として君臨していた彼女が変わり果てた姿で返ってきたことに、皆一様に驚いた。その次には店の売上を心配する者、彼女の不幸を喜ぶ者の二種類に分かれた。インフルエンサーの仕事の関係者達の反応はもはや赤の他人と接するものになっていた。

次第に彼女へ仕事は回ってこなくなった。これまで圧倒的な美と影響力により仕事を得ていた彼女はもはや無用な存在へと変わり果てていた。これまでの傲慢な態度も災いし、彼女の立場はもはや無くなってしまった。彼女が仕方なく店の裏で在庫管理をしているとふとこんな話が耳に入ってきた。どうやら彼女の影響力が無くなることを危惧した店長が彼女のいない間に店のシステムを大幅に変更し、従業員たちも一致団結し店を盛り上げるために努力しているらしい。そのため、これまでにあった派閥争いなども鳴りを潜め、すっかり風通しの良い職場に変わったようである。売り上げも彼らの努力があってか大きく落ち込むことは無いらしい。

彼女は耐えきれず、退職した。インフルエンサー活動も辞めてしまった。

すっかり変わり果てた彼女に残されたものはラーメンを食べる快楽のみであった。彼女は毎日ラーメン屋に通い続け、特に家系ラーメンを好んで食べた。華々しい生活から一転してさもしい生活を送っている彼女であったが、ラーメンを食べている間だけは間違いなく幸せだった。

彼女が武蔵家という千歳烏山駅にある家系ラーメンを食べている時、ふとこんな音楽が有線で流れてきた。和風テイストなそのJPOPの歌詞は不思議と彼女の耳に入ってきた。
『なかなか気づけんよね 何もかも既に持ってるのにね』
その歌詞を聴いた時、彼女はなぜ自分の顔が腫れたのかを理解した。

グレゴールでは今度、職場のみんなで旅行に出かけるようである。